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K2クロノメーター - L.KENDALLの歴史

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K2クロノメーター

K2クロノメーター
バウンティ号の反乱

K1クロノメーターは大成功を収めて、経度委員会はイギリス海軍への採用を決定しました。
しかしながら、K1の価格は当時400ポンドと非常に高価でした。
当時の艦艇のコスト(例えばレゾリューション号)は1,800ポンドでした。
そこでケンドルはK1クロノメーターをあまり凝った仕様ではなく、より安価なヴァージョンを提案しました。
しかも基本的な構造は変えずに。
ケンドルの提案は当然の如く受け入れられ、1772年の早い時期に新たにK2を完成させました。

早速K2はキャプテン・ジョン・フィリップスに与えられ、北西航路の遠征で使用されました。
1787年にはウィリアム・ブライ艦長率いるバウンティ号によって使用されました。
K2はある事件によって有名になりました。
それはタヒチ島からの帰路途中でのバウンティ号の反乱によるものでした。

K2が誕生して、70年近く数人の艦長によって色々な気象条件や、紆余曲折を経て、長い冒険の旅から解放されて1840年イギリスに戻りました。

「70年にも及ぶ旅の後でも、K2は正確な時間を刻むことが可能であった」

...and today, 243 years later, the K2 is still working perfectly.
(243年後の今日でも、K2はいまだに完璧に時を刻むだろう)

HISTORY

ラーカム・ケンドルはイギリスの時計製造の先駆者として有名です。
18世紀にはK1マリンクロノメーターを製造し、レゾリューション(帆船)の船長だったJames Cook(通称:キャプテンクック)により、
航海上によるテストで初めて正確な時計として成功を収めました。